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苫米地さんのところへ 行ってきました。

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※写真は とあるおばぁちゃんが持って来てくれたあんずのジャムです。
絶妙な酸っぱさ 人生で一番の美味しさで悶絶しました。

朝は4時半起床→豆の畑の草取りや苗植えなど→朝ご飯食べて 少し休む
→田んぼの草取り→お昼休憩→田んぼの草取りを17時頃まで
→晩ご飯とお風呂→お客さんが来てみんなで真剣な話の場 途中睡魔に襲われる
→超える→夜中まで一部で話す→猛烈に眠くなって寝る→少し寝たらまた早朝
という数日間でした。

苫米地さんは 耕さない農業を実践されているので
無農薬・無肥料の田んぼと畑には草がわんさかと生えています。
広さがだいぶあったのであたし達は一部しか草取りをできませんでした。
あの残りを苫米地さんが腰を屈めて作業しているかと思うと
心配でたまりません。
バイトを一人雇ったと聞きましたが とてもじゃないけれど二人では全然労力が足りないでしょう。
(もしお手伝いに興味があれば 苫米地さんのご連絡先を伝えますので6peaceに連絡を下さい。
受けとるものは沢山あります。)

他の農家さんの田んぼを見ると 草が全然生えていないし稲自体も大きく長く育っていました。
除草剤をまくと草取りの必要がない為 田んぼにくることもほとんどないのだそうです。薬を使うのと使わない場合の差は目で見て歴然でした。

人に話すのはものすごいパワーが要ります。
苫米地さんは毎日朝から晩まで色んな時に 話をしてくれました。
あたしを含む5人は それぞれ真摯に受け止め 言葉にしたり涙したり自分の意思を再確認する日々でした。

六ヶ所村のことも 他の環境や政治や労働や何の課題でも
根底にあるものは同じだと いつも思います。
それは 人と人との関わり合いがベースにあるということです。

人を諦めないこと 信じること 相手の気持ちを求めないこと 自分を裏切らないこと
これはどの事例にも大切なことではないでしょうか。
何事においても 事実を知っては唖然とし
考えれば考えるほど どつぼにハマって苦しくなり
本当に解決する日は来るんだろうかと 思ってしまうときがあります。

でも そんな時でもどこかに光は差しています 雄大な夕日や緑の匂いに心が落ち着き
誰かの表情や仕草 言葉に救われ また前を向いて歩き出します。
結局 人と人なんだなぁ それに尽きるなぁと
つくづく思わされた今回の旅でした。

はな
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by 6peace | 2008-07-28 21:08 | 6peaceの足跡  

大丈夫

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何かを大事に思ったり いとおしさが溢れるときの背景は
大きく分けると二種類あると思います。

一つは 大好きな人の笑顔を見ていたり 目の前に広がる光景に心が満たされて
とても穏やかな気持ちでその大切さを感じるとき。

もう一つは 何かが消えてしまいそうになるのや 侵入して来るのを感じて
体にぐっと力が入り 守ろうとしたときです。

六ヶ所村に住む人や その周辺の人は きっと力が入っています。
それは 言葉的に力むという意味合いだけではありません。

ここを守りたい 大切な人達に笑っていて欲しいと 強く願うとき
その対象が ふとしたたまらなく幸せな瞬間なのか
それとも 少しずつ失われつつあるものなのか これらの差は大きいです。
どちらの方が強い祈りだとかいうのではなくて 生まれるものが違う気がします。

先月 代々木公園でのキャンドルナイトの日
bobinさんは こう話していました。
「最近 本当にいろんなことが起こってるよね。
もう…何も言いたくないんだよね。」
この言葉を聞いたとき 喉が締め付けられ 周りの音が膜を通したように聞こえました。

「いろんなこと」はきっと チベットのこと 中国のこと 秋葉原の事件のこと等。
bobinさんが どれほどに考えているか 衝撃的に伝わってきて ひどく苦しくなりました。
それから今日まで度々思い出しては あの日の感覚が甦ります。

bobinさんの感情は 六ヶ所村を知る人達みんなに共通することではないでしょうか。
原然や再処理施設で働く人も 反対の声をあげている人も 
六ヶ所村のことを日々考え 時に虚無感におそわれても話続ける人も 6peaceの一人である自分も
どこかでふと 何も言いたくなくなる気持ちを味わっています。

なぜそんな気持ちになるのか
それは 本来ならば 何処に住んでいてもみんなで笑っていたいはずで
人の笑顔は本当に本当に たまらなくて
その顔を眺めていたら もう 他のことはどうでもいいやってなるくらい心に響く美しさがある。
その素晴らしさを みんな本当は知っているからだと思います。

家族などを守るため それを見ないふりしなければならない人や
他にもっと大事なものがあると躍起になっている人もいますが
人間だから ほんとの部分では その光を諦められるはずなどないのです。
六ヶ所村のこと以外でも 環境や人をゆるがす事柄は沢山ありますが
あたし達のほとんどは 生活を脅かすものを身近に感じることなく生きています
少なくとも 六ヶ所村に住む人達よりかは。

では 何ができるでしょうか?
自分は声を出そう!と思うことも
別の方法で それぞれに周りに伝えていくのも
自分の日々を前よりもっと慈しみ 身近な人達を見つめながら生きていくことも
生活の中で出来ることを考えて実行にうつしていくのも
どれもが方法のひとつです。

ハナレグミの唄を皆で大合唱して そこらじゅうが笑顔だったあの夜 あたしはすごく幸せでした。
みんなが楽しそうなときに生まれるパワーは いつも想像を遥かに超え
何だって出来そうな気持ちになります。
永積さんは 大丈夫だ~!と 最後に叫んでいました。

はな
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by 6peace | 2008-07-10 09:15 | 6peace?